凧 大集合とは


凧大集合とは、その時々で凧のテーマがあり、それを参加者が各自アイデアを出して自分の中で「サイコ〜」と思う凧を作る。

テーマの捉え方は人それぞれ、本筋から大きくてかけ離れているように思えても自分が良ければ文句無し。

あとは自分では「サイコ〜」の出来?と思われる凧の写真を撮って褒めシートに貼って、自慢の凧とともに会場に持って行く。

当然、他の参加者も「サイコー」と思われる凧を準備していると思われるが気にしてはいけない。

そして、いやいや私なんかまだまだと謙遜しつつもニヤニヤしながら展示したり揚げたり、とにかく有頂天を目指して自慢の凧をアピールするべし。

時には他の参加者の凧の予想外の出来に眉間にシワ寄せしたり、鼻で笑ったり(心の中でお願いします)するのもまた楽し。

周りは全てライバル。その中でおいらの凧が一番と思える自分が誇らしく思えたらしめたもの。

そして貴方の褒めシートに丸いシールが次々と貼られていくことを想像すれば、ジワジワと貴方の自尊心が揺さぶられます。

たくさんのシールが貴方の褒めシートに貼られていくと思われたその瞬間こそが至福の時です。が、

さもあらんあなたの周りのライバルたちも当然貴方と同じ考えを持って参加しています。

状況次第では「えぇ〜〜」っと思わぬ結果にがっかり自信喪失なんてこともよくありますが、気にするようじゃまだまだ。

有頂天を目指す貴方なら、並み居るライバルたちを蹴落として ワシが天下獲ったるぞ〜っと いうくらいの気迫は必要でしょう。

 

まぁ、ざっくばらんにいえば参加者同士が互いの凧を採点(厳しい目で)をするという楽しい大人のお遊びです。

みんなでワイワイと互いの凧を広い心で「褒め合う」ことの楽しさににどっぷり浸かりませんか。

 

参加は自由ですが、参加費が若干かかります。

秋季大会と正月の東京板橋で行われる新春大会で行われます。

時期になればホームページや会報でご案内と褒めシートを発表いたします。

 

心を広く持ち見返りは求めず、互いを慈しみあい、けして他人を羨んだりしないヒューマニズムに則った行動が推奨されます。

 そうすれば貴方も晴れて「有頂天」になれるでしょう。

(福岡正巳)

 

 本来の趣旨は下をご覧ください。


●まじめに遊ぼう

 秋季大会の開催地を東西にわけて開催するようになって15年がたった。空はひとつだけだが、各地の皆さんのご協力のうえで、毎年さまざまな秋季大会土地で凧揚げができるようになった。観光や地域の交流ということでは、とても楽しい企画である。でも凧そのものはどうだろうか。一年に一度しか会えない凧友との会話も、お酒も楽しいけれど、凧が少し忘れられてはいないだろうか。それぞれ自慢の凧はあるけれど、それは自分一人でもできる凧揚げ。せっかく日本の凧の会に入っているのだから、みんなで凧で遊ぶ企画はないだろうか、と考えた。

 

 本部の世話人会でも大会や会の運営のマンネリを指摘する声があった。理想を言うことは簡単だけど、実行することができなければ空論である。世話人会には、言った人が責任をもって行動する、実現する、というお約束がある。人まかせの発言は、結局立ち消えになってしまう。ちなみに予算もない。提案するからには、一人ででも実現できる企画が必要なのだ。それでふと思いついたのが、ひとつのテーマを決めて凧を作ろうという企画だった。さっそく茂出木雅章さんにメールで思いつきを伝える。「面白い」との返事。世話人会で提案し、その後も数回議論した。色々な反応がある。意見は聞くけれど、結局「遊びのルール」作りに関しては、最終的には後述するように独自の判断をした。

 

●遊びのルールを決める

 予想してなかった点は、入賞者を決めるということであった。最初はただ単に皆で作った凧を持ち寄って自慢し合えばよいと考えていた。審査は考えていなかった。お互いの技巧を競い、それが技術向上になればいいと思っていた。そうか賞か、と考えて、膝を打った。大会には賞がつきもので、その多くは限られた審査員によって評価される。私自身も何回も心護杯·日本の凧の会賞·日本の凧の会賞という三賞の審査をしたことがある。それでも複数の審査員のあいだで意見がわかれ、また納得できない賞の決定もあった。功労賞はあってもいいが、純粋に素晴らしい凧に送られる賞も必要である。審査員は、実は審査をしながら、自らの眼力も試されているのだと思う。そんなことをずっと思っていたので2005年11月の世話人会では新しい審査の方法を提案(会報第70号135頁参照)してみた。残念ながら、あまり効果はなかったようだが、奇しくも今回の薩摩川内大会の凧懇談会(旧凧サミット)で審査の基準について質問があった。その後、11月の世話人会で議題となり、継続審議中だ。

 

 話がそれた。審査のことである。特定の審査員による審査に一定の限界(それが悪いというのではなく、公平なルールの有無の問題)があるのなら、ひとつの試みとして、参加者自身がお互いに審査し合えばいいではないかという発想だ。ついでに一番や入賞という言葉もやめてみよう。そんなことを考えてみた。参加者は各自十枚のシールを持つ。そして自分の凧以外で素晴らしいと思える凧に一枚ずつ貼る(投票する)。凧に貼ると怒られるので、自作の凧をアピール文と写真を貼った荷札のようなシートを凧につけて、これにシールを貼ってもらう。「ほめシール」と「ほめシート」を考案した。シールも二種類用意した。展示審査用と飛翔審査用である。実はもう一種類、参加していない人にも楽しんでもらう「やじうまシール」も考えたが、「欲張りすぎると失敗するよ」という声もあったので当日までうやむやにしておいた。実際には「やじうまシール」も大活躍で、同じ投票数の場合、これが別の基準として役にたった(基本は「野次馬シール」はポイント数に数えない)。このシール貼りのことを「ほめる」と言う。

 

伊地知英信